Lifetown Art Tour 4th TRIP 参加作品
produced by "GROUND"

毛糸をたどる旅

展示までに考えたこと

 

2003/12/12-14
クリスロード 
せんだいメディアテーク


2003/11/4 tue

 12月に毛糸の展示をする予定のクリスロードの地図をつくり、どこに毛糸を結ぶかを考えていると、突然あることにひらめく。クリスロードCLIS ROADというのは、Creative Life In Shoppingという造語からできた名前なのだそうだが、アーケードの柱に結んだ毛糸をたどると、実はそれが上から見るとこのCLISという4文字になっている、というのはどうだろう。そしてそれぞれをたどった後には、それがどんな文字だったか、そこから連想される言葉や風景、人物像などがひととおり語られ、すべての文字をたどることが示唆されるような展示。前回のサンモールでの展示が「結ぶ」だとすれば、今回は「たどる」。そしてそのようにしてしか、つまり誰かの足跡をたどること、追体験をすることでしか、何かをあるレベルで理解することはできないように私には思えてしまうのだ(つまり、「言葉の意味とはその用法である」みたいなものとは別のレベルで)。


11/5 wed

 すこしずつ結ばれてゆく毛糸は、地面をはって進む。それが地を離れるのは、ある程度の長さになったときのことだ。


11/8 sat

 あき時間に、次回の毛糸の展示場所であるクリスロードを、再びたんねんに見て歩く。同じものでもちがう目的や興味をもって見ると、まったく気づかなかったことに気づいたりするのはよくあることで、何度でも新たな発見があるものだが、しかしそれより何より改めて驚かされるのは、高校生の頃から通っているこの通りに、まさか毛糸をはりめぐらせることになろうとは、ということだ。


11/9 sun

 ずっと12月の毛糸の展示の企画を考えて過ごす。

 「導きの糸」


11/12 wed

 11月から行っているこれら「SATOKOプロジェクト」から派生した一連の毛糸をつかった作品、特に仙台市中心部での展示を、企画段階から実際の様子まで、資料や写真で展示する、というのはどうだろうと思い、さっそく心当たりの展示スペースに行ってみると、何かようすがすっかりかわっていて、ちょっとそこでは難しいようだが、すこしその件について本気で考えてみよう。


11/13 thu

 今日も天気がよかったので野に出かける。以前よくスケッチに出かけた牧草地で、すぐ近くをびゅんびゅん車が通っているようなところなのだが、そこを走っている車からは見えない位置にあるので、きっと毎日そばを通っている人もこんないい場所の横を通っているとは気づかずにいるんだろうなぁというところなのだが、近くにものすごく巨大なコンクリートの橋脚ができているのを発見。もうすぐ4車線くらいの太い道路になってしまうのかもしれない。もしかしたらその工事のために設置されたのかもしれない基準点みたいなものの横に、黄色いテープの巻かれた笹がさしてあって、それがそういうものでありながら美しいラインを丘の上に描いている。その笹に毛糸を結ぶ。連れて行ったごる(猫)といっしょに、そうして1時間ばかりの展示をした。もうこの丘も見納めかもしれない(こちら)。


11/14 fri

 ここも以前よくスケッチに訪れていた牧場へ行く。牧場と言っても、数年前スケッチに行っていたころから廃墟になっていた牧場で、ときどきバイク・レースなどのイベントが開かれている場所なのだが、ふだんは誰ひとりいない。ときおりここを抜け道に利用する地元の人の車が通るくらいである(こちら)。
 いくつか牛舎が立っているのだが、すっかり屋根がはがれ、天井の骨組みから日が差してくる小さな牛舎では、そこにあった木を使って、コンクリートの大きな牛舎では毛糸を使って展示を行う。展示、と言っても、写真は撮るものの、私ひとりがそれを見るためのもので、しかしそれはそういうものなのではないかと思う。今度、立体や平面の作品を作ったら、ここにもって来て飾ってみよう。それこそまさに「個展」という感じではないか。


11/15 sat

 みおさんから毛糸をテーマとした画像をいただく。スケールがちがう。


11/16 sun

 「みちのく杜の湖畔公園」へ行くが、4時で終わりだという(着いたのは3時過ぎ)。入園するのをやめて(入園料だけでなく駐車料金までとられるし)、この釜房ダムの湖畔にある大きな公園のまわりを車で走らせていると、とてもきれいな並木のある公園の一部にさしかかり、思わずその並木に毛糸を結んでみる。小一時間ほど、日の沈む頃にすべて後片付けを終えて車を再び走らせていると、がけの上からなにやらどうぶつくんが。近づいていくと、カモシカくん。こちらを振り向いて、それからあっちへ行ってしまった。とてもかわいい。


11/17 mon

 最近、せっせといろいろなところに毛糸を結んでいるせいで、何かすこしでもおもしろいものを見ると、反射的にこれにはどう毛糸を結びつけようという風に思ってしまう。そしておそらくはこれが言いたいことなのだ。
 たとえば休みの日に、思わず街で「アート」に出くわす。それはアートとはいいながら、その語がもつどこか「高尚」で「難解」なものとはちがって、技術的にすごいものでも、発想としてあぜんとするほどのものでもなく、これぐらいならオレにだって、と思えるようなものだったりする。するとそれにふれた翌日から、無意識に似たようなものを発見しようとしている自分に気づいたりするのではないだろうか。それが言いたいこと、視点をずらすということで、しかもできうるならば、それを糸口として、「この私」も「アーティスト」たりうるということ、つまりなぜをもう問うこともできない地点にまでさかのぼって、それをどうしても追い求めてしまう気分、社会の倫理的な規制を重々承知しながらも、そういうものとはちがうレベルのところに、確かにそれは在って、それがこの私には見えるし、しかも手にとらなくてはならないと切に思えることがらがあるのだということの自覚へいたること、そしてその内容いかんによるのでなく、そうした面をもつがゆえに共有できるかもしれないと思わせるもの、あるいはそういった「共有」の仕方の存在を認めようと思うことへ。そうしたことが、私の言いたい「この」私であり、なぜそれがアートなのかということ、何のためのという問いならぬ問いへの回答ではないかと思う。


11/18 tue

 12月に毛糸を展示する仙台の中心街クリスロードは、Creative Life In Shoppingの頭文字をとってCLISロードというそうなのだが、これを使って、新しい頭文字をつくり、それを毛糸の展示のおりに使ってはどうだろう。たとえば、「上の毛糸をたどってください」というカードをアーケードの柱にはるつもりなのだが、そこに何種類かのそれを印字していく。
 例…Creative Life In Sharing  Cozy Life In Smiling  Calm Life In Seclusion…

 河原の土手(長くてわん曲している)に自転車を走らせ、毛糸をひっぱる。あとには毛糸の道ができる。

 腰に毛糸をつけ、いつもどおりに歩行する。歩行のあとが、毛糸の道になる。


11/19 wed

 新しいくつを買ったのでちょっと毛糸を結んでみる。


11/20 thu

 12月のLifetown Art Tourに、世界で唯一の紙コップ・アーティストLocoさんも出展することを、ネットを見ていて知る。Locoさんの紙コップを使った作品の中に糸電話があって、千人での糸電話パフォーマンスとか、学校へ出かけて行って、生徒や先生を巻き込んだパフォーマンスを行うなどがあるのだが、毛糸の展示はこれと同じ発想のものだと思う。毛糸の線的な美しさ、それを巻いたもののあたたかさを感じるのは、それぞれ視覚と触覚によるものだが、さらに都市の音を、(毛)糸電話を通して聴く、などということができたら、さぞすばらしいだろうと思う。


11/24 mon

 Lifetown Art Tourの打ち合わせ。世界唯一の紙コップアーティストとして知られるLocoさんとのコラボレーションが実現することになり、たいへんうれしい。具体的には、アーケードにはりめぐらせる毛糸にLocoさんのたこ糸も並行して通し、そこから紙コップをいくつもたらす。そして特殊なスピーカーを通してCD『SATOKO』を流すことで、紙コップを耳にあてた人は、糸でんわの要領で『SATOKO』を聴くことができる、というものである。
 私は当初、Locoさんの糸でんわは、その造形の美しさから、本当に聞こえるものだとはあまり考えていなかった。貝殻に耳をあてると海の音が聞こえる風の比喩的なものなのだろうと思っていたのだ。しかし今日、直接説明
を聞いて、それが聞こえなければ意味がないということを知り、考えてみれば当然であるそのことにとても驚かされる思いだった。私はどれだけそうなっていることにしておこう的な中で生きていることか。


11/25 tue

 毛糸の旗。
 毛糸を冬の間、地中に埋めておく。春になって、それをひっぱり出してみる。

 〜には意味がないとか、これには〜という意味がある、というのは、ただそう思うかどうか(信じるかどうか)によっている、と思う。それはひとつの態度であり、いわばひとつの信仰であると思う。
 しかし私がそう言うとき、私はその世界の外に立っている。そしてそれは「第三者的な」、「客観的な」視線を意味しない。その、今、外と呼んだ内に立っているだけの話だからだ。
 「意味」を引き受ける勇気や気力をもつべきだと思う。語るのが難しく、めんどうなものを、「語りえないもの」にしないこと。


11/28 fri

 Lifetown Art Tour、毛糸の展示(通称SATOKOプロジェクト)は、順調に進んでいる、ようだ。というのもライフタウン・アート・ツアー全体の企画団体であるgroundの松浦さんが、商店街組合や各店舗への実際の交渉をすべてやってくださっているため、私自身何ひとつしていない間に、どんどんと展示の方の了承が出てきているという状況で、そうすると、この展示自体私がやっているものとは思えない。実際、展示の企画案自体もLocoさんや松浦さんからいただいていたりして、もうほとんど私はただ展示期間中に毛糸を結びにいく作業員みたいなものである。毛糸もみなさんから送っていただいたものばかりだし。しかし、この企画自体が、この街を毛糸で結びたいという発想自体が、そもそもそういうものなのだと思う。つまり本来的なそれ、街に住むひとりひとりの心を結びたいと感じた坂本都子さんのそれへと近づいている、という気がする。
 だからこの展示には署名性のようなものはない。都子さんの詩とSATOKOという曲に感銘を受け、実際に毛糸を結んでいこうと思ったこの私の「作品」は、同じようにしていろいろな人の手で、いろいろな場所で行われることが望まれていて、そこにはたとえばそれをはじめた私が出かけて行って展示する、みたいな古い作家性など存在しない。アートを通じて人が結びつく、というのはそういうことではないか。
 私は常々アートをつくる者として、アートをつくらない人との間にどうしてもこえられないものを感じている。そこで私が言いたいのは、特権的な地位とかいったもの、たとえば芸術にたずさわる者とそうでない者との間にへんちくりんな優劣を想定してしまうようなおろかしい図式的世界観ではなく、逆に芸術にたずさわることに「なってしまった」者のもつ病的な何かのようなもので(逆にそうしたものなく芸術にたずさわっておられる方は、ここでいう芸術家からは除外される)、それはたまたまそうであったに過ぎず、ただそれがあるかないかのちがいしかない同じ平面上でのあいまいな線、しかし確かに存在するそれのことを言っている。そしてそれをこえて行き来するためにも(私はそれが不可逆的なものではないような気が最近してきているのだ)、できうれば、どんな人でもいったんアートをつくってはどうかと思う。もちろん、学生時代にそうした経験をする機会はあるのだが、そういう日常や「私」を離れた場所におけるそうしたもの、あるいは何か人一般に共通する目的意識の途上にあるような何かを体験するためのそれではなく、それを体験すると「この」私がどうしてもそうなってしまうというような体験をする機会としての、社会一般の目的とはそぐわないかもしれないのだけれど、どうしてもそこに興味や関心を見いだしてしまい、それも一般にはとうてい受け入れられないような情熱をそこにそそいでしまうような、しかしそうしたことに異をとなえられても困惑してしまうような、そうした経験を生で得る機会、つまりはアートづくりの機会をもつべきではないかと思う。それは異文化理解とか、ジェンダーとかいったものと同じ質のものではないかと私には思えるのだけれど。


11/29 sat

 仙台クリスロードにある新星堂(正式名称は「新星堂カルチェ5仙台店)へ。Lifetown Art Tourの期間中3日間(12/12-14)、CD『SATOKO』を、入り口から入ってすぐ横の試聴ブースまるまる1台を使って試聴・販売させてもらえることになり、たいへんうれしい。売上もすべて基金にいただけるとのこと。ますますこの毛糸で街を結ぶという企画は、いろいろな人によってつくりあげられていくという、その本来のかたちへと向かっている。ついでにArt Tourのおりにストリートで行われるライブ演奏者の中で、『SATOKO』を演奏してくれる方がいたらなぁと思う。それもたとえばボサノバ・ギターによるラテン・アレンジとか、三味線による和風アレンジなどで。


12/2 tue

 家に帰るとCD『SATOKO』のオリジナルと弦楽バージョン各50枚が届いている。とうとう来週は毛糸の展示。いろいろとこまかな準備に入る。


12/3 thu

 Lifetown Art Tourのおり、私が出展する「SATOKOプロジェクト」のコラボレーションとして、Locoさんの糸でんわや、新星堂での試聴・販売など、いくつか企画を進めているのだが、さらに期間中、パフォーマンス部門で演奏を披露する方jに、『SATOKO』を演奏曲目に入れてくれるようたのんでみたらどうだろうと思いつき、私の頭に演奏者として浮かんだのが、毎回すばらしいギター演奏を聴かせてくれているガロート川村さん(10月の演奏のようすはこちら)。ほとんど面識もないのだが、だめもとでお電話すると、今から八木山動物園に向かうところという。私も動物園へと向かう。
 実はこの日、ガロートさんは先月出演した名取ルネサンス委員会というところのイベント企画者のみなさんと、慰労の動物園散策へと来ていたところで、みなさんがレストハウスでそばをすする中、『SATOKO』の説明と演奏依頼をする。その後、なぜかみなさんといっしょに動物園をめぐり、かわいい動物たちをながめて何ともなごんで帰って来たのだった。ガロートさん、CDを聞いて検討していただけるとのこと。ボサノバ・アレンジのSATOKOが聴けるといいのだが。


12/4 fri

 SATOKOのちらしが届く。


12/5 sat

 ガロートさんからSATOKOを演奏していただけるとの回答を得る。うれしい。というより、何よりどんな演奏になるのかが楽しみ。そもそも彼のギターはすごい。私はもともとギターはとても好きな楽器なのだが、ピアノのような総合楽器としてではなく、バッキングやリズム楽器として使われていることが多く、その点が不満だったのだが、ガロート川村のギターをはじめて聴いたとき、「なんだ、こういうことできるんじゃないか」と、本当に驚いた。ピアノのような総合楽器として演奏できるというそのことへの驚きと、そういうことができるのに今までそういうものに出会えずにいたという気持ち。本当にそれは、こんなギターに出会いたかったというギターなのだ。ということで、とても楽しみ。
 塾のあき時間に、展示の了承をいただいたお店に展示の具体的な打ち合わせに行く。私と、交渉担当者と、お店の方との間に、いろいろな思い違いがあったりするのだが、お話ししていくうちに、それがとけていくようなあの感じが心地よい。毛糸で結ぶというのは、そうして何かを結ぶだけでなく、そのあたたかさの内に招き入れることでもあるように思う。


12/6 sun

 初雪。ガロートさんに演奏してもらえることは決定し、演奏は13日と決まっているものの、企画団体の方ではまだ全体の時間も場所も決まっていないということで、まだ宣伝のしようもないのだが、わかりしだいお知らせしますので、興味のある方はどうぞ13日、クリスロードにいらしてください。
 Locoさんとのコラボレーションである糸でんわ、セットを送っていただき、私がセッティングすることに。うまくできるか不安な反面、とても楽しみ。何というのだろう、ひとの作品を私がつくる、みたいな面が。でもこれは私だけのそれではないだろう。


12/7 mon

 展示のためのこまごまとした準備。「伝統的な」絵の個展だと、制作自体が完結してから個展がはじまるわけで、そういうものなわけだが、たとえば音楽の演奏といったものは、演奏の前までいかに準備していようと、演奏そのものの終了とともに演奏が完結するわけだ(おんなじ言葉を繰り返しているだけなんだけど)。では自分では何ひとつ制作することなく、すべてやる手はずがことこまかに決まっていて、極端な話、それをあとはスケジュールに沿ってやるだけ、という今回の展示のようなものはどういうことなのだろう。たとえば今日あたり私が通りで車にひかれて動けなくなるか、死んでしまったとしても、私のこの展示は、実際に行われたか行われなかったかのちがいがあるだけではないのだろうか(むろん私はこれを否定的に語っているのではない)。

 Locoさんから、糸でんわの展示セットが届く。何と言うか、感動ものである。さっそく猫たちと糸でんわを鳴らしてみる。


12/8 tue

 ガロート川村さんの演奏時間と場所が決まりました。13日(土)の16:30〜と18:00〜の2回、クリスロードのカフェ・マドレーヌ前。どうぞみなさんお集まりください。


12/9 wed

 一日、いろんなつめの打ち合わせで過ぎてゆく。
 クリスロードのめがねやさん、「a look」となりのアーケードの柱に、訪れた人に毛糸を結んでもらうスペースを設け、期間中の3日間で結ばれた毛糸を、マクドナルドのまわるMの字の看板に巻き取らせる、というパフォーマンス、明日の夜、実験してうまくいったら、14日(日)の16:00に行う予定。マクドナルドのMが、MessageとMemoryのMへと変質する。
 もちろんとてもまじめな展示パフォーマンスなのだが、よくこんなわけのわからないものにつきあってくれるものだとも思う。たぶん、それは「よくわからないもの」への態度、その人その人がつきつけられているそれなのだ。もし私が同じように、私にとってまったく理解しがたいものをつきつけられたとき、私も同じようにそれを受け入れ、歓待することができるだろうか。
 明日は徹夜で展示の予定。うまくいくといいのだが。


12/16 tue

 先週の(金)〜(日)にかけて行われた「Lifetown Art Tour」、無事終わりました。すこしずつそのようすをアップしていきます(こちら)。
 今回はいろいろな方にご協力していただき、本当にありがとうございました。うまくいかないことも多かったのですが、こんな機会をもてて本当によかったです。今後の活動にいかしていきたいと思います。

 

 

 

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