門脇篤個展
ふたつの場所を毛糸で結ぶ
〜絵画・立体・パフォーマンス〜

中本誠司現代美術館展 2004/3/18thu-24wed

クレイ・アルファ展 2004/3/16tue-23tue

 

美術館訪問団


美術館前の通りは、近くの小学校の通学路にあたっている。会期中は、ちょうど卒業式から終業式までの1週間にあたっていたようで、卒業式を終えた小学生や、たくさんの荷物をかかえた小学生が美術館前を歩いていた。
美術館だけでなく、ご近所にも協力していただき、お向かえやお隣さんなどのフェンスに毛糸を結ばせていただいたのだが、結んでいると、そうした小学生たちに「何してるんですか?」とたずねられた。そうして声をかけられた何人かに美術館で毛糸を結んでもらったり、何か書き残してもらっているうちに、毎日来るようになったり、友だちを連れて来たり、その友だちがまたその友だちをつれて来たりして、美術館の午後はとてもにぎやかなものになった。

 

 

 

左はご近所にお願いして結ばせてもらった毛糸。こうした「お願い」は、毛糸の展示の醍醐味でもある。ご協力ありがとうございました。

 

 

 
訪れた人には、その人の身長分だけ毛糸を切り取り、つないでもらった。小学生にもやってもらう。
しかしそれだけではもの足りないらしいので、紙と描くもの、のり、毛糸などをわたすと、みなもくもくと「制作」を始める。
ここからわかるように、何かを表現するという行為、表現したいという欲求は、根源的なものであって、なぜ幸せになりたいのかと問うことに意味がないように、それ以上理屈づけできないものなのではないかと私は思う。逆に言えば、そうした行為を日常的に行う機会をもてないなら、それは異常なことだと言えるだろう。

 

世界唯一の紙コップアーティストとして知られるLOCOさん(エッセイ集『Locomotion』出版おめでとうございます!)の作品、糸でんわも登場。これは以前、特別につくっていただいたもの(こちら)で、"SATOKO"の詞の一節が、紙コップの底についている。こどもたちはそれを何気なく読みながら、「あー、あー、聞こえる?」とかやっている。

 

 

 

 

ある日、女の子たちはなぜかぬいぐるみを持参(大切なものを見せるため?)。天井から毛糸でつるしてみたらどうだろうと思いつく。つるすとすぐさま彼女たちは右の写真のように「ぶらんこ」をはじめた。小さな少女たちが、向こうとこちらから押すふたつのぬいぐるみが交差する。その即興的なパフォーマンスは、ぜひともその場で体験したいものである。

 

 

と、いう事情から会場にぬいぐるみがこのようにぶらさがったりしているのだが、突然それを見ても、なぜこんな展示になっているのか、まったくわからないだろう。そういう「わからなさ」については、よくわかる。

 

 

 

 

春分の日には、彼らはお昼から自転車で乗りつけて来た。

 

 

美術館ですこし「制作」した後は、みんなで近くの野原へ拾いものをしに行く。木切れ、石、貝がらなどを拾う。

 

 

 

拾った石で、さっそく美術館前の道路に絵を描くことにする。途中、通りかかった子どもに「わーるいんだー」とか言われて(私ふくめ)みんなちょっとたじろぐが、ひとりが「いいんだよー」とかわけわからない、つまり何ひとつ「根拠」のない反論をして押し勝ってしまう。「雨が降れば消えるし、昔はみんなよくやってた」とか言う私の「弁明」などあまり気にせず、みんな黙々と持ち場に戻る。
このあと、近くの「勝山南公園」ですこし遊んでこの日は解散。
また来てね。

 

 

 

 

 

 

春分の日には夜、「パーティ」を行う。左はいただいた瓶ビール1ケース。忘れていた瓶ビールの量感と質感にはっとする。

 

かつて塾で教えていた小学生らが、今は大学生やら何やらになり、数人、会場を訪ねて来てくれた。やはり毛糸を結んでもらう。実にうれしいことだ。

 

春休み前で、小学生たちが抱えて帰る荷物の中には、ちょうどそれぞれの「作品集」もあって、何人かにそれを見せてもらった。
下は小林みほちゃんの作品。あまりにすばらしく、聞くとどこかの美術館にはりだされた後、ずっと学校に掲示されていたという。なんだアーティストだったのか、という感じ。

 

 

 

最終日、ずっとつれて来たかったうちのごるをつれて行く。しなやかなものごしであちらこちら調べていたが、すぐに帰りたいと文句を言い出す(ネコ語)。

 

 

 

小学生や、一部オトナの方に書き残していってもらったものを、どんどん展示室の壁にはっていった。

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展示までに考えたこと

門脇篤 in 中本誠司現代美術館

つなぐこと 結ぶこと SATOKOプロジェクト

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