Tanabata Project

たなばたのためのプロジェクト

第二弾  loggia art

ロジアート」参加作品

仙台七夕のおりに催されるTANABATA.org art project 2003の共同企画である「ロジアート」。そのネーミングは、展示場所である「路地裏」からきているそうなのですが、同じような発想で、私は発音の似ている「開廊、涼み廊下」を意味する英語loggiaとartとを組み合わせ、これをloggia artと呼ぶことにします。

 

七夕、天の川、流れ、願いごと

門脇篤

 東北三大まつりのひとつ仙台七夕は、えんえんとつづくアーケード街に沿って飾りつけられた七夕飾りを見て行くもので、ときに「静的なもの」と言われたりします。しかしそれは、神輿などをかついでまわるまつりとの比較でのみ意味をなすことで、そもそも天上の天の川をながめるというしぐさを模したこのまつりの眼目は、見る者自身が移動する、つまり天の川の流れになり、あまたある星のひとつになる、というところにあるように思います。そうした視点からすると、飾りが移動するたぐいのまつりは、見る者に観客としての位置、つまり神輿などが移動するのを定点的に(多くは人がきであまりよく見えない)で見ることを強いる「静的なもの」であると言えるでしょう。
 以上のような視点に立って仙台七夕を見るならば、そこに展示される作品は、天の川の流れとしての七夕飾りをふまえ、なおかつそれを今日的な視点でとらえなおしていくようなものとなるべきでしょう。
 ところで、一番町および中央通り〜名掛丁を流れの本流とするなら、ロジアートの展示予定区域である文化横丁、いろは横丁は支流とも言うべきところです。支流は本流へと流れ込むところ。その地域に息づく息づかいが、さまざまな地域から流れ込んできた水(=観光客)と出会い、とけあい、やがて海へと一体化していく、伝播してく、その地域の源とも言うべき場所です。
 こうしたことから、私は一方でこの商店街のお店で商っているものを、また一方で、仙台という街、宮城という地域が生み出すものを作品化したいと思います。それは「観光とアート」というテーマにも沿うものでしょう。
 また、七夕という行事は、仙台七夕という固有名詞を超えて、日本国内に共有されているものです。そこでは一年に一度の再会をはたす織姫と彦星の物語にあやかり、人々が願いごとをします。そこで私は「願いごと」をもうひとつのテーマに据えたいと思います。
 ところで、「願いごと」というのは、いわばある種の独我論的な世界観をもっています。それは「私」の願いであり、「どうしてそれを願うのか」の根拠を、究極のところ、「私がそれを願うから」に拠っています。また、誰かが何かを願うことを、ひとはとめることができず、ひとにその理由を理解してもらう必要もありません。つまり、それは一方で個人に残された最後の自由や希望であり、その一方、独善的でひとりよがりなものになりうるものです(ひとのこと、たとえば誰かの幸せを願ったり、世界の平和を願うのも同じことです)。
 そうした「願い」について私が興味をもつのは、それがひとと共有されることによって、ときにひととひととを結ぶ掛け橋になりうる、ということです。共有されなくてもいい、聞き入れてもらうという意味ではなく、ただ聞いてもらうというだけでも、そこ(天の川)には橋がかかるのです。それも賛同を得るにせよ、否定されるにせよ。それが私には興味深く思えます。
 そうしたことから、私は願いそのもの、願いの「内容」を提示することではなく、そのいわば「形式」を提示することで、願いのもつ一面を照らし出したい、願いのもつ直進性のようなものを乱反射させるようなものをつくりたい、と思っています。
 具体的には、願いについて形容するような文章を、先に述べた商店街の品物や、地域ゆかりのものにリンクさせたものとともに提示する方向を考えています。たとえば「私の願いは豆よりたくさん」(コーヒー店のコーヒーとともに)とか、「私の思いは木の葉のように降り積もる」(仙台の並木通りの落葉とともに)といったものを、ふさわしい場所に(下図参照)。

  

  文章は日本語と、できればいろいろな言語(仙台在住あるいは単に知り合いの外国人の方にご協力いただいたり)で表記し、またできればこの指定地区をこえて、私の知り合いの店や場所、そしてウェブ上にも展示したいと思います。

2003/6/4

展示イメージ

 
 

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